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第九話:映画は「ひと」が作るもの

俺は大学4年生になっていた。入学して6年目のことだ。
そのちょっと前、3回目の3年生の終わりに内定をもらった。
将来のことはあまり深く考えていなかったが、なんとなく、大学の終わりは映画作りの終わりのような気がしていた。
映画を仕事にするようなレベルには、技術はもちろん自分の想いも、とても到達していなかったからだ。  

 4年生になると、それぞれ研究室というものに入る。
俺の研究室には6人の仲間がいて、彼らとはすぐに打ち解けた。毎日を研究室で過ごす日々だった。
といっても、俺は相変わらず映画作りに熱心だったのは言うまでもない。
いつも絵コンテや脚本を書いていて、仲間は俺の映画作りの話を面白がって聞いていた。
短篇ばかりを作り続けた。
ホラーを作った。
アニメーションを作った。
ドラマを作った。
作る度に、仲間が増えていった。

 ただ、決してすべてが順調なわけではなかった。
好きだった女性の心がどんどん変わってきていた。
俺と電話したり会ったりする時間はみるみるうちに減っていく。
よく行った彼女の部屋に、あの外資系の男が座っているのかと思うと気が狂いそうだった。
しかし俺は何もできずただ呆然としていた。
映画作りが忙しいんだ。俺は自分にうそぶいた。
気付いたら、彼女を非難するようなメールを送るようになっていて、そんな自分が嫌で嫌で仕方なかった。
夜研究室に行くと、仲間に自分と彼女のことを話した。 内容はもちろん、二人の関係が一番よかった頃のことばかりだった。

 俺は、映画を作るスピードを緩めなかった。
年が明けてから初の長篇制作にとりかかった。
1月、脚本を仕上げ、仲間を集めた。
2月撮影がスタート。新宿を中心に、3週間でクランク・アップした。
総勢35人が関係する、俺の過去最大のプロジェクトだった。
 3月の最初に、完成版ではないが一応映像を順番に編集したビデオもできた。
それを待っていたかのように、長年使ってきたビデオカメラは、壊れた。
俺は上映会場で試写ができるかどうか電話してみた。
いいですよ。
聞く必要はない、ってくらい、素っ気ない返事が返ってきた。  

 前回書いたように、この長篇の編集方法は今までとは少し違っている。 ビデオカメラから純粋な生データをテープに編集していくのではなく、場面毎に編集したテープをさらに重ねてダビングしていく、という複雑な編集である。
簡単に言うと、ダビングにダビングを重ねて編集していったのだ。
上映会場に映像を流した俺は一人愕然としていた。
ダビングのし過ぎで、映像がドロドロになっていたのだ。
画面にアップになった役者の顔ですら、誰か分からないほどだった。
落ち込んだ。編集方法が悪かったのだ。
上映は10日後に迫っていた。

 その夜、俺は研究室に戻り、残っていた4人の仲間に愚痴りまくった。
「もうダメだ。全部終わりだ。」
「もしやり直すとしたら、どうすればいいの?」と一人が言った。
「撮影した材料はあるから、編集を全部一からやることになる。でももう、そんな気力はない。」
「俺らも見に行きたいから、最後までやろーよ。も一回編集しなよ。」
「カメラも壊れた。どうしようもないんだよ!」
「俺の田舎の親父が確かカメラ持ってるよ。速攻で郵送してもらうよ。それなら間に合うよね。」 そいつは親に電話するために、研究室を出て行った。
「ビデオデッキもうちにはもう1台しかないし、ほんともうダメなんだよ。」俺は出ていったやつの好意に困惑していた。
「なんだ、ビデオならうちにあるよ。今から取ってくるよ。自転車で運べば大丈夫。」
「一人じゃ無理だろ、俺が後ろから押さえてやるよ。一緒に行く。」 2人とも、どっちが運転するかを話しながら部屋を出て行った。
「ダビングもね、ケーブルがモノが悪いと画質に影響するんだよね。使ってるのって線の先何色?」
「銀色。」俺は力なく答えた。
「それも原因かもしんないよ。うちに金色端子のケーブルがあるからそれ持ってくるよ。まああんまり変わんないかもしんないけど、やらないよりはマシだし。」
最後の一人が部屋を出て行き、研究室は急にシンとしてしまった。
なんであいつら、そんなにしてくれんだよ…。
彼らが帰ってくるまでにインターネットでも見てるか、と俺はPCの前に座った。
モニタを見つめたものの、画面がよく目に入らない。
あれ、と思った瞬間、ぼろぼろぼろぼろ涙がこぼれていた。
止まらなかった。  

 彼女から連絡があり、俺たちは新宿の居酒屋に入った。
「今日はね、報告があるの。」
来なければよかった、と思った。悪い予感がした。
「彼が、一緒に住もうって言ってくれて…」 俺は上映会のチラシを取り出した。
「ドラマを作ったんだ。絶対見てほしいんだ。」

 上映会の日、外は雨が降っていた。
雨足はひどくはなかったものの、風が強くて服はびしょ濡れになってしまった。
それでも、50人ほど入る会場は満員になった。
出演者はもちろん、知らせた人はほとんどみんな来てくれた。 研究室の仲間も最前列に顔を揃えていた。
上映は大成功だった。
皆熱心にアンケートを書いてくれた。
宝物ができたな、と思った。ただ、

彼女は、来てくれなかった。

そうやって、俺の大学生活が、終わった。


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