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【そもそも映画を作っていることを公表しているのか】
自主映画を制作しているAさん

俺はいちサラリーマンである。
俺は新入社員としてとある会社のとある部署に配属になった。
その歓迎会で自己紹介をする時のこと。
何を言おうか、と悩んでしまった。

映画作りのことはあとあと面倒だから黙っていよう。
役者をやってたとか言うと何かやれーって言われそうだな。やめとこう。

考えた結果口から出た言葉は、
「絵を描くのが好きです。あと、映画鑑賞が趣味です。」

うわーーーー!地味ーーーーー!!!

俺に続く連中は、「先月結婚しました」と発表したり、「酒はいくらでも入るんです。イッキします」などと言って場を盛り上げていた。

新入社員の最初の仕事(?)は、毎日の研修だった。
その中に英会話の研修があった。俺はこれが好きだった。
他の研修は大会議室でみんな揃って眠い授業をひたすら聞くだけだったが、英会話は個室で行われ、先生と俺たち8名の同期だけであれやこれやわいわいできるのだ。

俺たちのネイティブの先生は、若くてきれいな金髪の女性で、容姿的にはすごく魅力的だったのだが、性格が少し気に入らなかった。
ツンとしていて、突き放したようなモノの言い方をするのだ。

ある時、その先生がみんなに言った。
「将来の夢を発表して下さい。」  
俺たちは自分の発表に備えてノートに夢をまとめ始めた。
自分の部署での自己紹介に続き、ここでまた俺は悩んでしまった。

同期にさえ映画のことは黙っていたため、映画については言えない。
でも、でも、俺には他に何の夢があるんだあ!!
仕方ない、映画のことを少しぼかして話すか…

そこへちょうど先生が通りかかった。
「Mr.A、あなたは何を書いてるの?」
「リタイアした後の夢を、書こうかなと。」  
その途端、彼女は顔をしかめてあきれた表情をした。

「リタイアした後?あなたは新入社員なのに、もうリタイアした後のことを考えてるのお?」  

そのあきれ果てたような言い方にムカッときた俺は思わず言ってしまった。
「会社だからリタイアした後、とか言いましたけど、ほんとは今の夢なんです。今すぐに叶えてやろうと狙ってる夢なんですよ!」

カミングアウトというのは、した後は気持ちがいいものだ。
俺は英会話の授業に限り、同期7人の前で映画作りのことを思う存分語った。いくらでも話したいことはあった。

それからしばらくして… 俺は「実習」という形で別の会社に駐在していた。
ある時電話が鳴り、ワンコールですぐ出ろとしつけられていたので奪い取るように俺は受話器を耳に当てた。
「はい!××株式会社△△部です!」  

それは本社からで、かつ俺宛だった。しかしその相手の女性の声に、聞き覚えがない。
「初めまして。私は広報部の○○と言います。」
「はあ…」何の用だろう??
「うちの広報誌知ってますよね?毎月手もとに配られてる冊子です。」
「はい、知ってますけど…」
「海外支店を含め、2500名の全社員に配られてる冊子なんです。」
「はあ…」
「あそこに毎月2名ずつユニークな社員の方を紹介するページがありますよね。」
「…」

「あそこに出てみませんか?」  

すうっと、辺りの騒音が消えた。
「…いえ、僕は特に、あの、その、これといって…」  
途端に彼女は口調をくずした。
「ちょっと小耳に挟んだんですけどね、A君、プライベートで面白いことをやってらっしゃるようですね。」
「…な、何のことでしょうか。」汗が出てくる。

映画のことがバレるはずがない。何かの間違いだ…
「全部知ってるんですよ。あなたの同期のM君、私の隣の席なんですよ。」  
Mは、英会話の8人のうちの一人だった。

その場で散々断ったものの、しかし周りは実習先の諸先輩方に囲まれ、彼らに後から「どうしたの?」と詳しく突っ込まれても困るのでとりあえず「細かいことはメールで…」と曖昧な返事をしてしまった。

その後すぐに来たメールには、いついつまでに○字でまとめて下さい、本社の廊下で顔写真を撮らせて下さい、何かその活動にまつわる写真を持ってきて下さい、と書かれていた。

その社内報が完成し、全社員に配られた。
幸い、俺だけ駐在先に送られてきたので、一人でこっそり見ることができた。
冊子の見開きの右ページに俺のことが、左のページに他の社員の方の紹介が書かれていた。
俺の書いた文章はあちこち削られ、徹底的にエラそーな発言になっていた。

例えば…

「広報の方から突然頼まれてしまったので、自分のプライベートな活動を紹介することになりました。」
 
「自分のプライベートな活動を紹介します。」

「今後も、週末だけ時間を作って、いろんな映画をドラマを作っていければなと思っています。」
 
「今後も、いろんな映画をドラマを作っていきたいです。」


…とまあ全体的にこんな感じである。
やれやれ、と俺は一人ため息をついた。

ちなみにもう一人の社員の記事も読んでみた。
彼は週末、会社内の野球チームを率いて、他会社のチームとの親善試合を続けていた。 彼の文章は、「このチームワークを仕事に活かしていきたい。他の会社とのつながりも密接に持ち続けていきたい」と締めくくられていた。

何だか、一人は良いサラリーマンの見本、もう一人は悪いサラリーマンの見本、みたいなページに見えた。

とにかく、そうやって俺の映画作りは、全社員津々浦々にまで知れ渡ってしまったのだった。
噂というのは不思議なもので、伝える人の好きなように歪曲していく。

同期に散々映画のことを話したものの、まったく作品を見せる機会がなかったのも問題だったのかもしれない。
”俺も出演している”という言葉だけが一人歩きし、やがて実習先にまで話は広がっていく。

「君かあ、ハメ撮り監督してる新入社員というのは…」とあちこちでニヤニヤされ出すのも、それから間もなくのこと。
合コンの手配を頼まれても困るっつーの!
彼女紹介してよってしつこく迫られても困るっつーの!

俺はその頃、よく心の中でそう叫んでいたのだった。



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