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壊さないといけない仏像

初めて舞台に参加した時、演出家の人たちが悩んでいるのが耳に入りました。
舞台で、木彫りの仏像が机から落ちて粉々になる。その仏像をどうしよう、と話していたのです。

たいていの小道具は、専門業者から借ります。
業者さんの倉庫には、舞台や映画の小道具や衣装が、ところ狭しと並んでるんです。
僕がその頃住んでた町は、大きな映画の撮影所が近くにあって、プロ御用達の会社でもあったようです。

さて、仏像です。
それは舞台の最後で壊してしまう。借りるわけにはいきません。
それを聞いた僕は、演出家にぼそっと言いました。
「作りましょうか?」

演出家にしてみれば、「君、いたんだ…」って言いたくなるくらい大人しく目立たない僕がそんなことを言い出したのでびっくりしたみたいです。
流れで僕は彼を自分の部屋につれて行きました。
そこでちょっと前に作ったターミネーターの人形を見せたんですね。
この人形、『自分の部屋にあるものだけで作る』なんて目標を立てて、鉄板や厚紙、配線なんかを使って作りました。
市販のターミネーターのプラモデルが、僕にはつまらなかったんですよね。

さて、すぐに僕は小道具を任されました。
ターミネーターが効いたんです。
演出家は、しきりにすごいすごい、を連発してくれました。
それまで人から面と向かって褒められることなんかあんまりありませんでしたから、うれしい反面恥ずかしかったのを覚えてます。
でもね、そこで褒められたから自信がついたってのはあります。

小道具だけの仕事、ってあんまりなくて、大道具さんの仕事も手伝いました。
で、小道具は一人で家に帰ってから作業をしました。
なんか、作ってるところって見られたくないんですよね。

ところで始めての小道具になった仏像ですが、同じくこういうことの好きな友人と2人で作りました。
演出家から言われたサイズやどこがどう壊れるか、なんてのを考えながら、紙粘土で制作するのがいい、という結論に至った僕らは、東急ハンズで山のような紙粘土を買ってきたんです。

深夜、僕らはテレビを付けっぱなしで弥勒菩薩を作り始めました。
特に、弥勒菩薩、という指示があったわけではありませんが、なんかそれがいい気がしたんですね。
僕が頭を作り、友人が同体を作りました。

やがてテレビにはエッチな番組が始まりました。
女の子がどんどん服を脱いでいき、テレビに水着の局部をアップに映す。
思わず僕らも眺めていたんですが、自分達が弥勒菩薩を作っていることにハッと気付きました。

「こんなものを見ながら仏様を作るのはバチが当たるのではないか」
僕らはそんなことを話し、テレビを消すのかと思いきや、その番組が終わるまで作業を中断することにしました。

さて次の日、僕は弥勒菩薩をみんなに見せるのを楽しみに練習に行きました。
トイレに行って帰ってくると、みんなが口々に「すげー」って言ってるんです。
僕は得意でしたね。でも不思議だった。
なぜかと言うと、弥勒菩薩は丁寧に包んでカバンにしまってあったんです。
まだ出していない。
なぜみんな騒いでるんだろう。
でそこに行ってみた。

びっくりしました。
みんなが見てたのは、残った紙粘土で作った、適当な『カタマリ』だったんです。
演出家が近付いてきて、「やっぱすげーよ」なんて言ってくれる。
僕は慌てて、本物を取り出してみせました。
すると…

みんながひいていったんです。
うん。教訓です。
あんまりがんばり過ぎてもいけないんですね。
なんか気まずい雰囲気が流れてしまいました。
結局ね、適当なカタマリで十分だっていうんです。
あれは悲しかったなあ。
舞台って、お客さんは遠くから見るからなんとなくでいい、と。

でも使ってもらいました。
テーブルから落とすと、首と手がポロって落ちる仕組みになってます。
って言っても簡単で、いったん作った仏像の首と手を切り取る。
で、その間に割り箸を芯としていれておくんです。
この、手とか首を切り取るのも悲しかったですよ。

さて舞台は大成功でした。
僕はちょっと出演したんですけど、自分の作った小道具たちの『演技』もかなり気になってましたね。
舞台が終わった後、ですが、気付いた時にはもう、その仏像、壊されて捨てられてました。
なんでも、大道具小道具を壊す時にアメフトの連中が手伝いにやってきて、仏像は足で蹴られて粉々になったそうです。

自分の作品が壊されるのも、小道具マンの定めなんです。

 


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