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梅津直人

そしてこれからのユメ!

相方とはね、別々のグループだったんですよ。
僕は5人グループでやってて。最初3人だったんですよ。
で、ウケないんで一人ずつ増やしてったんですね。
僕がリーダーだったんですけども、5人でウケないんで6人にして。6人でもウケないから7人にして。
オカマもいたしね、モデルもいたしね。もう異色軍団でしたね。
で、ライブ行くじゃないですか。

楽屋に入れないんですよ。

打ち合わせもできたもんじゃないから。メンバーの一部が楽屋入ってあとは外だから。
先輩芸人とかに「おーリーダー、今日はどういうネタだ?」とか聞かれても答えらんなくて。
一度ライブで、お客さんがクスってウケたんですよ。ほんとちょっぴり。
それで盛り上がって乾杯ですよ。

面白いもんで、芝居やってて笑いが取れて勘違いしてお笑い行っちゃうんですよ。
そしたら笑いがとれなくなる。
芝居だと取れる笑いが、お笑いだととれない。 そんな人がいっぱいいる。
相方は暗ーいコンビで、俺らはパワーだけがとりえのコンビをやってた。
舞台でね、思いっきり壁壊しちゃうような。
壁にぶつかって、今までで一番、ってくらい笑いとって、あとで罰金7万円くらいとられて。

そういうの見て、こいつはいいなーって思ってたらしくて。
である時、コンビ組まない?って話があって。それまでは笑いのとれない7人組のリーダー。
でも面白いもんでね、二人で組んで初舞台で、もう爆笑だった。
タイミングとか人の組み合わせってありますよね。

今でも時々話すんですよ。俺らはコント、そんなに練習しなくても、すぐにぴったり息があったねって。
きっとコントの天才なんだろうね、って。笑
今でも会ったら5分後にはコントできるしね。
で、何が足らなかったかって言うと、欲がなかったねって。
欲がなかったから、うまく世渡りして行く連中に置いてかれちゃった。
売りにいく、っていう欲。
今の時代、頭が必要で、頭がいいかもしくは、かたくなに面白いものを作り続けて行くって言う無邪気さ。
僕達は中途半端になっちゃった。
かたくなに面白いものも作りたいけど売れたいし、お金もほしい。 そうすると、どこにも行き場がない。
そこをひとつに決めれば良かった。
俺が面白いものを作るだけ。金は誰かが持って来てくれる。
俺らは全部やろうとしちゃった。
舞台立ってるから、見えちゃう。お客さんから。そういうのって出ちゃうから。そこがよくなかった。

俺らは面白いもの作るから金出してよ。そういうスタンスでいればよかったね。
なんか目標が定まんなくなっちゃった。
途中で芝居やり出したり司会の仕事しちゃったり。相棒は作家になっちゃったり。
だからバランス崩しちゃった。互いに引っ張ってた。

自分達は、お笑いを通じて何をやりたいか、 例えば、いい漫才師になりたいのか。だったらとことんライブだけ出る。そしたら、テレビの話が来たって、まだ早いって言えるわけですよ、自然と。

今俺、殺陣やってんですけどね。
、夢なんですけど、50超えたら海外で殺陣の教室やりたいなって。
しばらく去年から忙しくて。生活すんのに。
そしたら、まったく考えられなくなったってて、夢とかやりたいこととか。映画のこととかね。
生活のことなんか考えずに役者を続けたらどうですか?ってある時メールが来て。
でも、生きていてこそ役者だから、ってメールを返したんですよ。
生活のことでいっぱいで、おもしろいこととかまったく考えらんない。

で、お金はなかったけども無理してハワイ行ってきたんですよ。
何も考えずに12日間を過ごしてきたんです。
その時に、あ、文化っていいなって思ったのね。
ハワイのライブとか見に行って。 観光ルートじゃなくて自分のペースで車で見て回ってきた。
だからいろんなとこ見れるじゃないですか。現地の生活とか、風習とか。
で、ふと幸せだなって思って。自然の中で。
僕は山形で育って、自然はいっぱいあるんですけど、ハワイの自然はまた違う。なんだか空を見てる感じだった。
その中で仕事ができたらいいなって思った時に、ここで殺陣塾やりたいなって思ったんです。
帰ったらまた殺陣やりたいなって思った。

それで、殺陣を再開した。
帰って殺陣塾のメンバーに、ハワイで殺陣塾やりたいって言っちゃったんです。
そしたらそのメンバーの中にハワイに土地を持ってるやつがいて。そこ使おうよ、って話になった。
で、その人もアーティストで、ハワイでライブをやってる人。
すぐに盛り上がって、来年やりましょうよって話になって。
で俺、ちょっと待って下さい、って言ったんですよ。
昔の俺だったらすぐにやりましょう!ってなったと思うんだけど。 再来年にしませんか?って。
見せれるものはそれでもギリギリかなと。
初めてその時に、あ、自分変わったなって。
コントの時もそのやり方をとるべきだったな、って。なんか浮ついた話が来た時に、来年まで待って下さいって言って、その時までに準備する。最高のものを準備して、お見せする、っていう。
昔はそういうことができなかったなって。俺もちゃんと考えられるようになったなって。
俺は自分が言ったこと、自分の変化にちょっと感動した。

その人は全然感動してないですけどね。

だから再来年(※この収録は2004年末)、異国の人に僕らの殺陣を見てもらうんですよ。
師匠の殺陣はもちろん大丈夫ですよ。でも俺のはまだまだ。
だから間に合わすために今一生懸命ですよね。
毎日木刀にぎって、時間見つけて公園とかで振ってますよ。
ハワイでお捻りもらえるワザを身につけよう。まずハワイで公演を成功させよう。で、次はどこ、その次はどこ。
いくらかかる。どのくらいの旅費になる。 …

これが決まってから、すごく自分が楽になった。
殺陣を見せるってのは、文化を伝えること。
殺陣を見せて、いずれはそこにコメディーも入れていきたいなと。
そんな夢がある。
ひとつの、目指すものが決まったから、気持ちに余裕が出てきて。
そしたら監督から電話がかかってきたんですよ。「映画やりませんか?」って。
気持ちが自然と、やりましょうか、ってなったね。


(※)梅津直人さんはエルビスというお笑いグループを組んで活動中。

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